劇評 18/19+

劇評のブログです

はじめに

はじめに

 

長澤慶太さん、新里直之さんと、3人で劇評を発表するこのサイトを立ち上げることになりました。

 

少なくとも当面は、それぞれが、それぞれの見ることのできた作品について、自由に、できるだけ率直に書くことだけを目標に進めていきたいと思います。

(サイトのデザインも、サイト名も、ごくシンプルなものにしたのは、そのためです。)

また、時々は、個々の劇評を離れた少し広めのテーマについて書くこともあるかもしれませんが、その時は別のタグを作って、読みやすい形で発表したいと思います。

 

このサイトは、上記3名が、それぞれの書いたものに、それぞれが責任をもつ、という形で運営されていく場所です。場合によっては、同じトピックをめぐって、異なる見解が生まれるかもしれませんが、それを発表前にあらかじめ調整したりするようなことはありません。

 

「批評とは何か」「いま、なぜ批評なのか」――こうしたテーマが重要なのは当然ですが、それぞれが、こうした問題をどのように考えているのかは、これから書かれていく劇評のなかで具体的に見えてくると思いますので、書く前からいろいろ宣言したりするようなことは、ここではあえてやめておきます。

 

読んでくださった方々からのコメントを受け取る機能は設けませんが、お感じになったことがあれば、たとえば直接お会いできた時などにでも、お気軽にお寄せいただければ幸いです。

 

それでは、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

2018年8月24日

 

森山 直人

小金沢健人『裸の劇場』

 

「裸の劇場」。なんて連想をかきたてる良いタイトルなのだろう――。そう思って、劇場に現代美術や映像作品を持ち込むシリーズ企画「KAAT EXHIBOTION」に足を運んだ。小金沢健人氏の個展である今回は、大きくいって、インスタレーション(ホール部分)とビデオ作品(楽屋部分)から成り立っている。どちらも興味深かったが、さしあたりここではインスタレーションに触れてみたい(ちなみに会期中に数回、パフォーマンスやトークが行われているが、これらは未見である)。

 

  入口の扉を開けると、そこはスモークの立ちこめる空ろなブラックボックスだった。暗号めいたドローイングで装われた穴の開いたパネルがいくつか。階段状の観客席ユニットが一対、あいだの中空には多種多様なネオン管(ネオンサイン)がぶらさがっている。これらの構築物やプロダクトをことさらに引き立てるわけでもなく、一定時間で次々とライティングが切り替わる。一方、途切れがちに変転する、同時多発的なささやきの音声、劇場作業の物音、ドローン系の音響は、絶妙にとらえどころのないものだ。

 

不思議だったのは、こうした光や音の仕掛けが、技術的にはプログラミングされたものであるはずなのに、じわじわと、わたしたちの手に負えない、制御することのできない「何ものか」の気配を感じさせることだ。その「何ものか」は、舞台設備を身体器官として捉える作家の着想を探るように、わたしたちを誘う。また「劇場の生態」をめぐる空想を触発するものだったようにも思う(「オペラ座の怪人」のファントムのことが、少し思い出されたりした)。

 

もっとこの場にとどまってみたい、しかし鮮やかな体感のままこの場を立ち去りたくもある。そんな迷いのなかで、わたしは一つの光景に目を凝らして、会場を後にした。それは白い光景だった。天井のバトンに円を描くように連なるたくさんの照明機材から、一斉に、真下に向かって光が放たれる。するとホール中央部分(一対の観客席ユニットのあいだ)の床面に、白いリングがあらわれる。わたしは、この模様を小金沢氏のことばと結びつけて「ドーナツ」と呼んでいる。「自分の作品は穴についてのようなもので、ドーナツの穴がドーナツのあるおかげで目に見えるみたいに、作品をつくることは自分にとって、穴に近づくためにドーナツをつくるようなもの」(※注)。

 

劇場の「穴」。つまり劇場が劇場として活かされるという自明の手続きのなかで、覆い隠されてしまうエアポケットに近づくためには、どんな「ドーナツ」が必要なのか。そんな問いが「裸の劇場」と名づけられた試みを、単にむきだしの劇場機構を来場者に突きつける実験にとどまらないものとしている。生地に「穴」をあけるのか。  それとも「穴」を取り巻くように生地を成形するのか。  「ドーナツ」のつくり方は、日々われわれの目にする劇場作品(半裸の劇場? 着衣の劇場?)にとっても無縁であるはずがない。

 

 

 

[※注]

“Takehito Koganezawa Drawing” Verlag für Moderne Kunst Nürnberg. and Bluemark, 2002年 142頁。同箇所を引用されている大森俊克氏「ハイパーソニック・ヒストリー」(『あれとこれのあいだ 小金沢健人神奈川県民ホール、2008年所収)の翻訳を使用させていただきました。

 

 

[作品クレジット]

KAAT Exhibition 2019 Naked Theatre

小金沢健人展『裸の劇場』

 

2019年4月14~5月6日/神奈川芸術劇場・中スタジオ

企画構成/キュレーター:中野仁詞

プロデューサー:伊藤文

アシスタント・キュレーター:杉岡みなみ、結城鷹

会場設営:小野伸哉

照明技術:佐藤綾香

音響技術:稲住祐平

サウンドデザイン:田中文久(井出音研究所)

インスタレーション設営:TRNK/山口達彦、内野春香

主催=KAAT 神奈川芸術劇場

青年団 平田オリザ・演劇展 vol.6『走りながら眠れ』

 

この作品には、ある夫婦が過ごした、最後の夏の数日が断片的に描かれています。

 

 

夏の日。妻が鼻歌を歌いながらお茶を飲んでいるところへ、パリにいるはずの夫が帰宅する場面から、この作品ははじまります。

そして妻は、いつもそのようにしていたのか、それとも夫の帰宅を知っていたのかーーとはいえ、妻はひどく驚いていたので、夫がその日に帰ることを知っていたとは考えにくいですがーーあらかじめ夫のために準備されていた、盆に伏せて置かれているもうひとつの湯呑を手に取り、そこにまだ温かいままのお茶を注ぎます。夫は座布団に座ってそのお茶をすすりながら、団扇で顔をあおいだり、外国での思い出を話したり、パリで投獄されていた時のエピソードや、手紙の到着が遅れたことなどを話しつつ、なりゆきで始まった怪談話で妻をとじゃれあったり、妊娠している妻の腹に顔を近づけ寝転んだり、船から見えた虹の話を続けます。そんな他愛のない時間を過ごしているうちに、やがて、どこからか風鈴の音が聞こえ、そして二人は、連れ立って銭湯に向かうためにその部屋を出ていきます。

 

 

風鈴の音が鳴るなかで日付は変わり、夫が帰ってきたその数日後となる別の日。すでに妻は出産を終えているらしくお腹は小さくなっています。畳に寝転がる夫婦はファーブル昆虫記を読みながら、マイマイカブリの習性について話し合ったりしています。そして、椅子に座る犬は積極的かどうか、といった議論を交わしたり、ご近所さんの噂話に興じたりもします。

そして、いつかと同じように、風鈴の音が聞こえ、また別の日。数日後の居間を舞台とし、夫が子供時代に猫を殺していた思い出を語り、それに妻が驚いたり、いわしはオイル漬けよりも生姜醤油が美味しいとか、自身らの子供の旦那を上海で探すとか、まだ6歳なんだから今からそんなことを考えなくてもいいんじゃない? とか、そんな話をするなかで、また、風鈴の音が聞こえ、また、別の日が訪れます。

 

 

もちろんそこに描かれている夫婦が、大杉栄伊藤野枝であるということは、二人の会話の端々から知ることもできるわけですし、作中では(多分)一度だけではあるものの、大杉栄と野枝というふたりの名前が口にされたりもするし、それに、そもそもではありますが、チラシやパンフレットでも二人の名前は記されているわけなので、観客の誰もが、その二人が、「無政府主義者」や「運動家」や「革命家」などの言葉とともに語られるような、いわば神話化された人物であることを知っています。しかし、あるいは、だからこそ、本来であればもっと劇的に描かれて然るべきはずの「アナーキスト」たちが、他愛もない雑談を続けている姿を見ながら、彼らが「無政府主義者」で「運動家」で「革命家」であったのだとしても、そりゃあ畳に寝転んだりもしただろうな、という、平凡さへの新鮮な驚きを感じつつ、あるイメージやカテゴリに寄り添いながら語られることで、忘れられたり、見逃されたりするような、彼らの平穏な生活と、それによって彼らが「無政府主義者」や「運動家」や「革命家」である以前に、父であり母であり妻であり夫であるような平凡な誰かであったことも、この作品を見ることで思い出すこともできるのです。

 

 

さて、この作品は二人が最後に過ごした夏ーーということは、その夏が終わるとすぐに、関東大震災が起こるということであって、それはすなわち、地震の混乱に紛れるようにこの夫婦が憲兵に殺害され、さらに、彼らの遺体は、ほとんど全裸の状態で古びた井戸へ投げ捨てられ、そして、彼らの遺体を隠すように、その上から、馬糞やレンガなどがその古井戸に投げ込まれることになるのですがーーを描いています。ただ、どの一日もすべてが、ゆるやかに過ぎていくだけで、この作品にあらわれる二人は、居間でいつまでも横たわりながら、団扇を仰ぎ、お茶を飲み、ファーブル昆虫記を通して虫の話をしながら、いわしの話をしながら今晩の夕食にいわしを食べようと決めたりするばかりの、取るに足らない白日を過ごすだけであり、まるでそれは、特別な意味とともに語られる名前をもった「大杉栄」や「伊藤野枝」ではなく、誰しもが過ごしていたであろう一日をなにも起こらないまま終わらせていくだけの、誰でもない「彼」や「彼女」、「夫」や「妻」であるかのように見えてくるわけです。

 

 

しかし、その無徴性や匿名性とともに上演されているこの作品で、その最後の場面において、大杉が唐突に、「地震が来るよ」と、予言めいたことを言うセリフを聞いてしまうと、観客は、そこで予言される地震が、すなわち「関東大震災」と後に名指される地震であることに気がつくはずです。そして、その夫の口から語られる地震、すなわち「関東大震災」が、同時に別の意味を持つことを知っている観客は、ついさっきまでは固有名を持たない「誰か」であるかのようだった夫婦が、再び、「大杉栄」や「伊藤野枝」であることを思い出し、もうすぐ地震が来るという予言が、すなわち、この夫婦が見舞われる非道な殺人を同時に示唆していることに、気が付くことができるわけです。

 

 

 

しかし、そのような観客の予見に関係なく、大杉は、また、畳に寝そべって、大きな声で誰にそれを言うでもなく、この作品の最後のセリフである、「楽しいなあ」という一言を叫びます。もちろん観客は、彼の「楽しいなあ」という言葉を、彼の移りやすい気分の変動を表す言葉として聞くのではなく、少しまえに彼自身によって予言された地震と、史実として記憶されている夫婦の残虐な死の記録を思い出しながら聞くことになるでしょう。そして、いままでであれば、夏の白日に不意に鳴り続け、その音によってふたりの時間を数日ずつ未来に進めていた風鈴の音は、この場面では聞かれないわけですが、しかし、その場面において本当に失われているのは、風鈴の音ではなく、風鈴の音が呼び込んでいた、この夫婦の未来であり、少し先の未来をその舞台上に呼び込んでいた風鈴という装置はすでに、震災を前にしたその夫婦に対しては、その役目を終えていたのだと思います。

 

 

 

とはいえ、当日パンフレットにも書かれている通り、「劇中で交わされる会話は全てフィクション」であるわけで、劇中で描かれているような些末で些細な会話をふたりが本当にしていたかどうかはわかりません。しかし、同じくパンフレットにて、「書かれているエピソードは、ほぼ史実に基づいています」と記されている通り、作中では、大杉が子供時代に猫を殺していたという、大杉の『自叙伝』にも書かれているエピソードが使われていたり、雑誌『青鞜』の執筆者であった野枝が大杉との噂話に興じている、心中未遂をしたという「平塚さん」や、作中では名前は明かされないものの、野枝が宮沢賢治に会ったことを大杉に話す際に、その宮沢を「変な人」と語っていたりするような、文学史的なトリビアを含めた会話を見るだけでも楽しい作品です。また、簡素な美術と照明変化、そして音響は風鈴だけという僅かな設えにも関わらず、どんどん話題が入れ替わりながら二人の日々が立ち上がっていく過程を眺めているだけでも、客席ではうっかり心地よくなれると思います。

 

 

しかし、せっかくならばこの『走りながら眠れ』を、今年、京都の「シアターE9」で見る前に、ほんの少しでも「大杉栄」や「伊藤野枝」について知っておくのが、やはりオススメではないでしょうか。

というのも、すでに「シアターE9」のサイトでは、青年団がその劇場で作品を上演することについては情報公開されていましたが、こまばアゴラ劇場にて開催中の「平田オリザ・演劇展vol.6」で配られる当日パンフレットを見ると、どうやらその作品は、『走りながら眠れ』であるそうです。

 

京都でこの作品を見ることができるチャンスを逃すべからず、ということでもあるわけですが、せっかくであれば、「無政府主義者」である「大杉栄」や「伊藤野枝」という象徴的な人々が、とても生活感溢れる語られ方をしてしまうことを楽しむためにも、少しだけ彼らの著作を読みかじってみるのも良いのではないかと思います。ちなみに、ここでは大杉を「無政府主義者」と書きましたが、じつは大杉は「社会主義も大嫌いだ。無政府主義もどうかすると少々厭になる」なんてことも書いています。では、大杉栄はいったい誰なのでしょう。

 

 

シアターE9のラインナップで上演される作品をたまたま見ることができたので久々の投稿。E9はまだまだ建設準備中。

クラウドファンディングが成功するとどうにも熱が冷めがちですが、こういう作品が上演される劇場を、どんどん皆で応援していきましょう。

https://askyoto.or.jp/e9/

 

 

〔作品クレジット〕

青年団 平田オリザ・演劇展 vol.6『走りながら眠れ』

日時:2019年2月15日-24日

会場:こまばアゴラ劇場

 

作・演出:平田オリザ
出演:能島瑞穂 古屋隆太

 

企画制作:青年団/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
主催:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場 

ジョン・グムヒョン『リハビリ トレーニング』

 

 KYOTO EXPERIMENT 2018で上演されたジョン・グムヒョン『リハビリ トレーニング』は、きわめてシンプルな没入型の(immersive)パフォーマンスだった。フラットなホールには、トレーニングベッド、リフトマシン、歩行訓練用の機器、装具や固定用ベルトをのせた机など、リハビリ用のさまざまな器具が無造作に置かれている。アクティングスペースと鑑賞スペースは固定されておらず、観客はホール周縁部に用意されたキャスター付きのスツールに座ったり、思い思いに席を動かしたり、立ち上がり席を離れたりしながら、ジョン・グムヒョンと原寸大の男性人形(医療の教育現場で患者をケアする方法を学ぶために作られたもの)が連携して行う活動を見つめる。2時間40分に及ぶ上演の枠組みはほぼそれだけであり、派手な趣向が凝らされているわけではないが、淡々と流れる時間のなかでひそやかに表現の筋力が伝わってくるような魅力的なパフォーマンスだった。

 おもむろに積み重ねられるトレーナー(パフォーマー)とトレーニー(ダミー人形)の協応活動。それは寝返り、起き上がり、起立、歩行といった諸動作の練習から、細かな手先の動きを要する課題へと移っていく。その様子が一般的なリハビリ・トレーニングから際立って遊離し始めるのは、作業療法的なタスクの末に、人形の上肢がパフォーマーの洋服のファスナーを下ろすべく導かれるあたりだろうか。その後、性交の姿形や身振りがありありと表面化してくるのだが、ナビゲートしていたはずのパフォーマーが人形のポーズに自らの身体をあてがうことに翻弄されるといったように、オペレーターと操作対象、トレーナーとトレーニーの関係は宙吊りとなる。あるいは、ヒトがモノを(モノがヒトを)媒介として自己にコンタクトするありさまが、他者との関係を包含する再帰的な様態を帯びてくる。

 ケアワークの実演から性愛のデモンストレーションへ。このパフォーマンスの表層の推移は、モチーフの安易なすり替えや横滑りなのだろうか? そうではないだろう。《リハビリ・トレーニング》という言葉は、再び(re-)適した(habilis)状態を求める訓練と解するのが一般的であるが、ここに「トレーニングの再・適応」を重ねる視点が、この作品の根幹に触れているのである。性愛のデモンストレーションに垣間見られる、どことなくハウツー本や通俗的な性科学書の図解を思わせる姿形は、おおむね「ノーマルセックス」をなぞらえたダミーの域を出ることはないが、ジョン・グムヒョンが自らに課しているのは、「正常な性愛」に飼い慣らされる(trained)状態の虚構性をシミュレートする訓練(training)と見なしうる。そしてこのステレオタイプの意図的な導入が、紋切り型の文化的アイデンティティへの順応ではなく、そこに順応しえない身体の他者性を析出するための選択であるとすれば、ここでの「適応」はアダプテーションと読むべきなのだろう。

 2011年のジョン・グムヒョンの来日作品『油圧ヴァイブレーター』では、アーティスト自身の重機に対する性的空想が扱われたというから、あるいはそこには彼女の一貫したこだわりや創作のインスピレーションを探るためのヒントが潜んでいたのかもしれない。韓国を拠点に国際的に活動する振付家/パフォーマンス・アーティストの作品といったほどの予備知識をもって今回の上演に触れたわたしには、その点は詳しくわからないが、『リハビリ トレーニング』が特有の性的偏向にちなむ閉鎖性よりも、多彩な文脈を喚起する開かれた作用を強く感じさせるものであったことは確かな気がする。ある程度、具体的な関連に絞ってみても、たとえば常套化した性的イメージを駆使した倒錯的な官能へのアプローチがこの作品に読み取れるとすれば、それは様相の違いこそあれマゾヒズム的なパフォーマンス(プレイ)と無縁とは思われない。さらにステレオタイプという虚構のパロディ化や、シミュレーションというもう一つの虚構の構築と破綻のありさまは「性的シナリオと演技」の主題に連なり、そこから舞台芸術おける「演技」や「トレーニング」を見返す視野が開けてくるかもしれない。いずれにしても様々な連想への契機を含みながらも、既存の文化・社会的なコードだけでは解しがたいところに、この作品の大きな魅力がある気がする。つまり、わたしたちはシミュレートされたトレーニングという念入りな迂回路の含意から、その迂回路がたどられた模様へと立ち戻らなければならない。

 通常《リハビリ・トレーニング》と称される活動は、能力の回復や機能の向上を目指すものであり、到達すべき目標の設定や、行為を特定の目的に適う行為として追求する姿勢をともなうものである。だが、ジョン・グムヒョンは、そうした目標・目的志向からはるかにへだたった地平で、あたかも末梢的な行為の連続それ自体を目的化するかのように、タスクを構成する些細な手順の一つ一つにとどまろうとしている。上演中、自らの収集品であるらしいプロダクトに傾けるアーティストの官能は高まっているのかもしれないが、少なくとも外見上、彼女は無表情な顔つきと、熟練/不慣れともつかない、執着/無頓着のほどの推し量りがたい手つきをおおむね維持している。身振りの連続から時おり乾いたユーモアが生じかけるが、そこに虚勢のようなものはほとんど感じられない。終盤にかけて、ダミー人形の首が胴体から外れてしまい、パフォーマーの四苦八苦する様子がやや目立ってくるあたりには、ハプニング的な演出を汲むことができるかもしれない。しかし、そもそもシミュレーションを軸とするパフォーマンスの基底に「演技の生」と「生の演技」の見極めがたい交錯が横たわっているとすれば、合目的な運動と失行(もしくは意図と意図を超えるもの)が判別しえない事態に身を委ねることを、観客は要請されているともいえる。むしろ注意深く感じ分けられるべきは、「演じていること」と「演じられていること」のあいまいな領域から不随意に滲みでてくるヒトのバイタルの揺らぎや、不意に去来する「モノがモノであること」の手ごたえの揺らぎだったのではないだろうか。

 ある身体的快楽の固有性が、社会的に統合された共通項にくくりえない剰余をはらむということ。そして、その剰余が、身体とそれを取り巻く領域との関係を、極私的に地道にたどることなしには確かめられないということ。そうした生の実感を清々しいほどに淡々と背負い込んでいるところに、このパフォーマンスの最良の部分が感じられた。(2018年10月6日、ロームシアター京都で観劇)

  

 

〔作品クレジット〕

KYOTO EXPERIMENT 2018(京都国際舞台芸術祭2018)

『リハビリ トレーニング  Rehab Training』

日時:2018年10月6日-8日

会場:ロームシアター京都 ノースホール

 

コンセプト・演出:ジョン・グムヒョン

出演:ジョン・グムヒョン

映像記録:ナム・ジウン

写真:ジョン・ミング

協力:アンドレ・シャレンベルク、アン・イニョン、Medi&Shop、ナタン・グレイ、ニコラス・モン ドン、ヒョン・セウォン、ソウル市立美術館 

共同製作:パクト・ツォルフェライン(エッセン)、Audio Visual Pavilion(ソウル)

レジデンス:パクト・ツォルフェライン(エッセン)

助成:アーツ・カウンシル・コリア

主催:KYOTO EXPERIMENT

akakilike『家族写真』

1 クラシックバレエと鏡

 

 アトリエ劇研で行われた初演の際の終演後、過去にakakilikeの作品にも出演したことのある、3歳からクラシックバレエを習っていたダンサーが、泣きながら倉田に話しかけていた。同じ劇研での上演では、泣くかわりに、具合の悪くなってしまった、4歳から18歳までバレエを続けていた小劇場の女優がいた。芸術センターでの再演は、本当にただの客として本番を見ただけなので、その終演後の雰囲気がどうであったかわからない。今回、制作として関わったd-倉庫での上演では、幼少からバレエをしていた、京都造形芸術大学舞台芸術学科にいる女子が、上演中の客席で、そして作品の感想を話しながら終演後にも泣いていた。泣けるから凄い、ということが言いたいわけではないのだけれど、この作品が、元バレリーナにとって、あまりにも重要な何かが演じられていることは、疑いようのないことだと思う。そもそも、最初っから遠回りするが、クラシックバレエを習うというのは、ある意味でトラウマを作ることである。大抵、彼女たちは幼い頃からダイエットを意識している。当時流行っていたテレビを見ていない。クラブ活動に参加したことがない。友達と放課後に遊んだことがない。多くの彼女たちの幼い思い出は、学校とバレエ教室と、その往復路の思い出なのだが、しかしそれ以上に、バレエ教室が持っている装置によって人は簡単に傷つくのだ。

 バレエ教室の壁は一面が鏡である。幼い頃からバレリーナは、その鏡の前で、バレエとしての美しい姿を維持出来るよう自分の身体を教室の先生に監視されている。もちろん、それが下手な動きであったりすれば、そうあるべき姿としての、正しい姿勢へと矯正されもするだろう。ただ、監視するのは先生だけではない。むしろ、幼いバレリーナを常に監視しているのは、鏡の中の自分を見つめる、他でもない自分自身のまなざしである。壁の一面に貼られた鏡に映った自分の姿を自分自身で監視しながら、指先から足先まで、美しく、正しい姿で立てているのかを、彼女たちは自らの目で見つめ続けている。私はちゃんと痩せていて、腕は綺麗に伸びていて、お尻は小さく上がっているか。無理な姿勢をしているあいだ、ちゃんと綺麗に笑えていて、その笑顔のまま姿勢正しく走ることができているか。とはいえ鏡に映る自分の姿はいつも美しいわけではない。というか、幼い彼女たちが見つめている鏡の中の自分の姿は、ほとんどが未熟な、まだ上手に踊れていない、拙い自分の愚鈍な姿である。それは理想の姿とは、いつもどこかが違っている。でも、だからこそ、鏡に映る自分の姿とは別の、もっと綺麗で理想的な、クラシックバレエとしてそうあるべき姿へ、もっと近づかなければならない。

 もっと綺麗に、もっと上手に、もっと美しく正しい姿が、この鏡に映らなければならない。もっと綺麗な姿があるのは知っている。教室にいるお姉さんや先生は、わたしと同じことをしていても、もっと綺麗に立ち、回る。でも、いま鏡に映っている自分の姿は、なんとも幼く、どうも不格好に見える。私は相対的にいつも劣っている。本当はもっと美しく足が上がらなければいけないのに、本当はもっと綺麗に跳ねなければならないのに、もっと可愛く笑いかけながら、細い腕を天に伸ばして、静かに止まっていなければならないのに、鏡に映る自分の姿は、いつも理想より少し悪い。もちろん、鏡を見ながら自己否定を繰り返すことは、わたしたちの日常においても、ありふれた、ありきたりな事である。わたしたちが鏡の中を覗きながら、もう少し目が大きかったらとか、もっと肌が白かったらとか、少し輪郭が細かったらとか、そんな事を一度や二度は誰しも考えるものだろう。ただ、日常であれば、目が小さくてもそれを喜ぶ人がいたり、丸い顔を愛でる人が現れることもあるのだが、クラシックバレエの形式の中では、ありのままの私がもっている、その細くない腕や上がらない足を認めてもらえたりはしない。クラシックバレエの「伝統」と、私の「ありのまま」の身体を比べ、その教室の中において優先されるべきなのは、当然、クラシックバレエの伝統なのである。いつだって、私の身体は、バレエの形に服従し、改造されなければならない。

  アメリカの精神科医によって書かれた『鏡の中の少女』という小説がある。主人公であるバレリーナの少女は、鏡に映る自分が、一流のバレリーナに比べてほんの少しだけ太っていることに気がつく。鏡は、「これこそが、いまのお前なのだ」と、太った自分が私であることを赤裸々に語りかける。そこで彼女は、そんな太った「鏡の中の少女」の姿を否定して、より理想の身体に近づくために、まずは食べることをやめ、食べたとしてもトイレで胃の中のものを吐き出してしまう。そして、雑誌の表紙を飾っている、モデルの写真を切り抜き、痩せている順番にその写真を並べてから、そのモデルたちより痩せることを目標として過度なダイエットを継続する。どんどん痩せていく彼女の姿にうろたえる家族は、食事を取るように彼女に語る。しかし彼女は、目の前の料理をスプーンで押し続け、ただ皿の上で引き伸ばすだけで、一向にそれを口に運ばない。

 鏡は、自分の姿を映すだけでなく、「これこそが、いまのお前なのだ」という現実を突きつけてくるものである。わたしたちは普段の生活で、当たり前のように鏡を覗くが、もしもバレリーナのようにして、鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめ、ここの部分はとても良い、でも、ここ部分はぜんぜん駄目、などという判断を、一日何時間もその前で続けなければならないのとしたら、鏡の前に立つのも段々嫌になるのではないか。しかしバレリーナたちは、それを幼い頃からずっと繰り返しているわけである。その精神科医によって書かれた小説と同じようにではなくても、鏡にうつる自分を見つめ続けることは、場合によってはそれくらい、深刻な自体を引き起こすのも仕方がないことだろう。

 

 この『家族写真』は、そんなバレリーナたちの傷や現実が、ダンスの中で抽象的に再現されていたのだと思う。例えば、初演の時はまだ9歳だった迫沼莉子が笑顔で踊る「雪のワルツ」を、舞台上にいる家族の皆が眺めるという一幕がある。バレリーナであれば一度は踊るであろう、「くるみ割り人形」における、そのひとつである「雪のワルツ」に合わせ、迫沼の可愛らしい笑顔が張り付いた踊りを、他の家族がじっと見つめている。家族がその迫沼を見ている光景は、一見して、幸せな家族の姿にも見えるかもしれない。しかし、幼い頃から鏡の中の自分をずっと見つめていた、かつての「鏡の中の少女」たちにとって、笑顔で可愛く踊ることを期待してくる家族の視線は、ただの家族の愛情を超え、過度な期待という重圧としての眼差しへと変わることもあるだろう。「私」を見つめるその視線は、「そうあるべき姿を見せろ」という脅迫として、さらに、その要求に応えざるを得ない強制力を発揮しながら、「私」を監視し続ける眼差しの監獄である。また、言うまでもないことでもあるが、クラシックバレエだけではなく、わたしたちのごく平凡な生活の中の実感として、家族という関係それ自体が、そもそも、監視の機能をあらかじめ備えている。

 別の一幕、食卓をイメージさせるテーブルを囲む家族がいる。その団欒の輪から少し離れて倉田が立っている。家族の皆がその机から離れる。倉田は歩き出し、机の上に仰向けで寝そべり、そこで口から血を吐く。そして、出演者の前谷が、その倉田にまたがり、その姿を写真に撮る。この、血を吐くというシーンが過激なのは、家族を扱った「ダンス」作品で、血を吐くという演出が採用されているからではない。また、そんな演出が珍しく、かつ奇抜なアイデアだから素晴らしいのでもない。このシーンは、いままさに血を吐いている彼女の姿を、家族の誰もが見逃しながら、前谷の構えるカメラだけがそれを見ているがゆえに素晴らしく残酷なのである。さっきまで迫沼のバレエを見ていた家族が、血を吐く倉田を見逃すのである。また、さらに言うならば、唯一その姿を見ているのは、前谷の目ですらない。それを見ているのは、いまの自分をそのままの姿で映しだしてしまう「カメラ」という道具である。「いま、その」瞬間を映し出す道具が「いま、その」倉田の事を見つめ、そこには、「いま」血を吐いている、「その」倉田の姿が映される。その意味で、カメラとは、鏡と同じように、「これこそが、いまのお前なのだ」ということを見せつけることが可能な、鏡に似た装置だとも言えるだろう。鏡にしても、写真にしても、そこに映っているのは「いま」の、「その」自分自身の姿である。この一場面の、救いようのない残酷さは、この二重の視線にある。そこで血を吐いているということが残酷なのではない。迫沼のバレエを見つめていた家族が、血を吐いている倉田のその姿だけは見逃しているということがまずは残酷であり、同時に、そんな倉田の姿を、私によって私を見ことを可能にする「カメラ」という道具に見られていることが、さらに残酷なのである。何が何を見て、何を見逃すか、それがここでは問題なのである。

 別の一幕。迫沼が踊っていて、家族のみんなそれを見ている。そのあいだ、血を吐いたあとの倉田が、他の家族から少し離れて、未来の兄であるかのような竹内と並んで立っている。客席に背を向けて立つ倉田の視線の先で、「雪のワルツ」を迫沼が踊っている。やがて、倉田は振り返り、観客席の全体を眺める。迫沼を見ている観客を、倉田が見つめ返している。そのように倉田が客席に向けて振り返るのは、この場面が三回目であり、最初に挙げた迫沼の「雪のワルツ」の場面でも、迫沼が踊っている最中に、倉田は観客の方をわずかな数秒だけ振り返って見つめている。そして、倉田はこのシーンの後、血のついたトウシューズで、アラベスクやアチチュードといったクラシックバレエの基礎的なポーズを取っては倒れるという振付を繰り返す。ただ、ここでも倉田の踊りを家族は見ていない。それだけならついさっきと変わらないのだが、ここでは倉田の踊っている位置と家族の場所が重要である。倉田が踊り始める場所は舞台下手の前方、そして他の家族がいる場所は机の上、これはつまり、迫沼が最初に「雪のワルツ」を踊り始めた時の位置と同じ位置の関係になっている。さっきと同じように踊りが始まり、さっきと同じように彼女が無視される、と、そんな「繰り返し」の構造が、ここでは二重に行われている。後に書くが、倉田の作品では多くの「繰り返し」が行われる。そしてその構造が変奏されながら上演される中で、彼女は再び、何度めかの形で、あらためて、同じように無視される。そこで倉田が、何度も繰り返し観客席を振り返る意味はなんだろうか。もちろんどのように意味をつけても良いのだが、この作品を「視線の欠如」として見た時に、倉田は、自分を見ている人物を探すために振り返っていたのかもしれない。

 

 鏡も写真も、理想とぜんぜん違う姿を、「これがお前だ」と突きつけてくる道具として、見たくもない現実をあらわにする装置にもなり得る。そう言えば、「演劇は世界の鏡」という世界劇場の思想があった。もちろん、クラシックバレエをした全ての人が傷ついているというわけでもないだろう。ただ、今作は「世界の鏡」として、「これこそが、お前なのだ」という重圧との戦いによってつけられた傷を映してしまうからこそ、かつてのバレリーナたちは、その家族と倉田の姿に、鏡を見るように、自分自身の傷を見つめていたのかもしれない。バレエに服従し、その形式へ自らを同化させるための過程には、血を吐くような気分を隠し、鏡に映る自分自身を否定するという作業が繰り返されることになる。その繰り返しの中で、「鏡の中の少女」たちが、傷つけられるのも当然の結果ではあると思う。

 

2 倉田翠の音楽性

 

 ただ、ここまで書いておいてアレだが、倉田翠の演出するダンス作品の魅力として語られるべきは、そういう「重いテーマ」への関心ではなく、その演出の音楽性、作品全体の時間の構成能力の高さであると思う。ポリフォニーリトルネロ、それぞれの音楽についての用語によって言い表すことも出来るであろうその音楽的な時間の演出は、今作の『家族写真』でも顕著に表されていたのだが、倉田作品の多くは、それがなんとなく音楽っぽい、という印象などの話ではなく、その構造がある音楽の形式に似ている。

 ポリフォニーとは、《複数の独立した声部(パート)からなる音楽のこと。ただ一つの声部しかないモノフォニーの対義語として、多声音楽を意味する》ものだと説明されている。一方、リトルネロとは、ある小さなフレーズへと、その曲の中で何度も繰り返し立ち返るような形式の楽曲であり、《バロック時代の協奏曲に多く見られた形式で、リトルネッロと呼ばれる主題を何度も挟みながら進行する》のだとウィキペディアでは紹介されている。

 まず、倉田の作品におけるポリフォニー的な部分とは、出演者のそれぞれが、自分だけのタイムラインを維持し続ける演出にその特徴を見ることができる。それぞれにバラバラで、拡散し続ける時間や空間は、ある意味では散らかった、統一感のない作品の印象を生むこともあるだろう。しかしそれこそが、倉田の多くの作品において前提とされた時間の感覚である。全体が「ひとつ」の何かを目指し融合するような運動ではない。そうではなく、複数の異なる振付が、終始、互いに自立している。あるいは、前作の『捌く』は、「男性10人のソロダンス」として、まさにその独立したタイムラインという構造を全面に押し出した作品であったと言えるだろう。今作においてそれが顕著に現れていたのは、誰の相槌もないままひたすらに喋り続ける筒井や、上演中ただ写真を取り続けた前谷などの姿だろう。彼らは他人が何をしているか関係なく、自分が過ごすべき時間の中でその時間を全うする。

 そして、もう一つの音楽性がある。倉田の演出する多くの作品には、リトルネロ的な構造が見受けられる。リトルネロとは、「すでに過ぎた時間が、同じように、唐突に何度も繰り返される」という音楽の形式であり、進行していくメロディーの中で、すでに演奏されたフレーズが急に割り込んでくるような様式だと言える今作においてであれば、倉田が血を吐く場面、兄妹が横並びで立ち妹が兄の手を触る場面など、短いフレーズとしての断片的なシーンが、その作中で何度も繰り返されていた。「繰り返される同じフレーズ」として断片は、ついっさき見た、ある振付や、ある場面の、端的な繰り返しでしかない。しかし、直線的に進む時間の途中に、すでに見たはずの時間が不意に割り込んでくる。ある風景の中を歩く途中に、すでに通り過ぎたはずの風景が、デジャヴ、あるいは、フラッシュバックのように、唐突にその目の前に現れるようなものである。まっすぐ進んでいたはずの風景の中に、過去に見たはずの風景が、同じ形で、同じように再現され、そして何事も無かったかのように、それが消えたと思ったら、再び、さっき見たはずの風景が、不意打ちのように目の前に現れる。

 ポリフォニーリトルネロという二つの音楽的な構造がこの作品を支えている。多声音楽としての重層的なメロディーの中で、すでに歌われた短いフレーズが、リトルネロの形式のように何度も唐突に反復される、拡散と回帰の構造が、倉田翠の作品の、クラシカルな音楽性を下支えしているのである。というか、そんな「ダンス」としての強固な地盤がすでに形成されているからこそ、akakilikeは自由に出演者を変え、主題を変えながら、新たな挑戦を続けられるのかもしれない。そして、この『家族写真』が、どこから見ても傑作なのは、そのリトルネロ形式による倉田の演出が、そのまま、「外傷性記憶」や「フラッシュバック」の構造と、あまりにもよく似てしまったことも、その要因のひとつであると言えるだろう。もちろん、普通に見ていても面白い今作だが、一部で書いた「傷」を、このリトルネロの「回帰」という構造と共に考えると、この作品は、偶然にも、主題と形式がぴったりと共鳴していることに気がつく。

 

 わたしたちが「トラウマ」や「フラッシュバック」と呼んでいるものの状態について、中井久夫という精神科医は「記憶について」という文章の中で、外傷性記憶が《人格の営みの中で変形され消化されることなく一種の不変の刻印として永続する記憶》なのだと説明している。現在であれば、PTSD と呼び直されたりもするその症状であるが、つまりそれは、過ぎていく人生の中で、しかし変わることのない恐怖や後悔や悲しみなどとしての「不変の刻印」として、なにも変わらない形のまま、「永続する記憶」だと説明できる。フラッシュバックとは、その「不変の刻印」である過去が、いま流れている時間の中で、「すでに過ぎた時間が、同じように、唐突に何度も繰り返される」ようにして、思い出されてしまう状態であると言えるだろう。それはリトルネロとしての「不変の刻印」の「唐突な反復」なのだ。つまり、倉田の作品の反復は、「すでに過ぎた時間が、同じように、唐突に何度も繰り返される」という構造として、「トラウマ」と呼ばれる状態によく似てしまっている。その意味で、今作が扱う主題的なテーマと、倉田の採用する形式は、この『家族写真』においては、全く正しく合致しているのだと思う。

 

3  おわりに、

 

 倉田にとっての「過去」であるその「クラシックバレエ」という要素を扱った『家族写真』という作品は、倉田がバレエに向けて送った「お礼参り」のようなものだと私は思う。「感謝の気持ちを表す」こと、そして、「教師や先輩に仕返しをする」という報復の意味で使われるこの言葉であるが、この『家族写真』は、クラシックバレエへの「お礼参り」として、あるいはこれもヤンキー的だが、倉田がバレエに「ケジメ」をつけるような作品だったんじゃないだろうか。もちろん、ヤンキーが「あいつとケジメを付けなければ」とか言う時は、だいたい喧嘩をするという意味だ。

 クラシカルな音楽的感覚を、おそらくは意識しなくてもその演出に取り込んでしまえるほど、倉田の身体には「クラシックバレエ」的な素養が、《不変の刻印として永続する記憶》のように染み込んでいるのだと思う。そして、それこそが彼女の武器であり、なんとなくダンサー、みたいな踊り手とは比べようもない違いがその作品にも身体にも歴然と見ることができる。しかし同時に、それはいつまでも消えることのない傷でもあるのかもしれない。そのように踊っても、倉田はやっぱりダンサーなのであり、そのダンサーとしての自分からすでに逃れることが出来ない。そこで倉田が選ぶのは、真っ白のつま先に血のついたトウシューズを履き、伸びやかさとは無縁の姿で床に横たわることや、「雪のワルツ」を聞きながら痙攣を続ける振付である。「飛翔」と「回転」としてのクラシックバレエにあらがって、彼女は舞台で床に寝そべり、何度も壁により掛かりもした。クラシックとしては、そんなことしちゃ駄目じゃないか、という感じである。しかし、駄目なことを率先してやるのがヤンキーというものだろう。「受け入れるけどただじゃおかない」。お礼参りとはそんな態度で望まれるものである。

 

 

 

演出:倉田翠

出演:倉田翠 迫沼莉子 佐藤健大郎 竹内英明 筒井潤(dracom) 寺田みさこ 前谷開

スタッフ
akakilike

演出助手:平澤直幸 衣装:清川敦子(atm) 美術:木岡なつき 広報・宣伝美術:岡南杏奈 照明:魚森理恵(KEHAI works) 音響:甲田徹

———
舞台監督:大鹿展明 制作:長澤慶太


主催:akakilike 

東京デスロック+第12言語演劇スタジオ『가모메 カルメギ』

 

 

 対面客席のあいだを貫く長細い舞台に額縁状の柱と梁の構築物が立っている。床には1930年代から現今にかけてのさまざまな時代の遺物、たとえば家具、衣類、電化製品、こまごました日用品、さらにおびただしい数の新聞紙が散らばっている。一大事の過ぎ去った後らしい気配の漂うその場所に、登場人物が次々と姿をあらわす。彼ら/彼女らは同一方向に流されるようにくりかえし舞台を通り過ぎて、入り組んだ人間模様を浮かびあがらせた果てに、やがて一人残らずあたりの遺物にその身を埋めて死に絶え、ほどなくして蘇る。

 東京デスロックと第12言語スタジオによる日韓合同公演『가모메  カルメギ』は、日本の植民地支配下にある朝鮮半島を地域設定として、チェーホフ「かもめ」をアレンジした作品である。あえてストーリーを省いて以上のような素描を示したのは、この作品の底部で控えめに脈打っているモチーフにまずは触れておきたかったからだ。上演にさまざまに組み込まれている〈循環〉や〈周期〉のモチーフは、たとえば原作の次の台詞と共鳴しつつ、生命のサイクルや時の流れといったメタフィジカルな主題への連想を促すように働いていた。「つまりは一さいの生き物、生きとし生けるものは、悲しい循環(めぐり)をおえて、消え失せた。」「わたしは、何もかも、残らずみんな、覚えている。わたしは一つ一つの生活を、また新しく生き直している。」(チェーホフ「かもめ」第一幕、ニーナが演じる劇中劇のセリフ)。

 チェーホフ劇との関連の点でいえば、時代考証にもとづく翻案では、劇中劇や恋愛(ないし情事)をめぐるエピソードの多くが踏まえられていることになる。その一方で、原作の特徴である世界の動きから遊離するかのような一種虚ろなおしゃべりは、日中戦争開戦前後の政治状況と密接なつながりをもつ実のこもった語らいへと変化している。日常会話とは似て非なるチェーホフのそれとくらべてかなり素朴な口語体のセリフと、ナチュラル(風)な身のこなしをベースとする俳優の演技によって場はテンポよく結ばれていくのである。

 登場人物の性的な力関係と東アジアの植民地主義的な支配‐被支配の関係とが部分的に重なって見えるドラマのつくりや、ある種の力業的な演出―たとえばフィクションとしての〈過去〉が観客の〈現在〉と分離して硬直することを回避するかのように、ドラマの進展にJ‐POP/K‐POPのサウンドやカラフルな照明が絡み合わされる―などに、全く気を引かれなかったわけではない。けれどもそうした点よりも、日韓の俳優によって韓国語と日本語(劇中では「朝鮮語」と「内地語」)それに若干のエスペラントが話される多言語劇としての特徴の方が、わたしには興味深かった。

 この作品における多言語性は、まずテクストのレベルで際立っている。1930年代後半、植民地朝鮮の言語状況(権力による言語管理、その反動としての言語ナショナリズム、etc. )を踏まえた台本には、外国語混じりの母語や片言の外国語がちりばめられている。そして上演のレベルで担われるそれらの発語は、全体として効率的な物語伝達の義務に傾きがちな一連の会話にあって、ときおりたどたどしさや言い淀みの調子から〈意味〉に変換しがたいものを生じさせているようだった。劇中には言い直しや聞き返しといった発話の身ぶりが何度となくあらわれるが、原作のトリゴーリンとニーナに相当する人物が、相手の名前の呼び方(固有名詞の発音)の正確さをめぐってもどかしいやりとりを重ねるあたりでは、互いに異なる母語の響きに分かたれた二人の人物の交流とすれちがいが、言葉そのものに焦点をあてつつ浮き彫りにされている。これは上演タイトルと呼応するシークエンスとしてもとらえることができるだろう(※註)。

 もちろん舞台に立ち現れていたのは、二重言語状態を強いられる人びと、もしくは自ら多言語状態に身を置こうとする人びとの発話の再現ばかりではない。俳優自身がいわば母語の外へと足を伸ばし、自己から送り出し/他者から送り返される判然としない響きに足場を求めようとする微妙なバランス。そこには一〇年にわたって積み重ねられてきたという国境を越える協働作業のなかで培われた感覚が働いていたのだろう(日本語の声と字幕をたよりに観劇するよりほかなかったわたしは、残念ながらこの点について踏み込んで語ることはできない)。

 肯定的に語ってみたい事柄を中心に記してきたが、改めて観劇の記憶を探ってみると、いくつかの疑いが沸いてくる。この作品は、基本的には〈歴史〉を素材として扱い、その上で創意工夫を凝らすという手続きを旨としている。たしかに演出にはその手続きを相対化する視点が含まれているが、近代劇的な創作の手つきが根底から覆されていたとは言い難い。そして、そのことによって必然的に生じてくる磁場―たとえば表現が〈内容〉の表現として享受される傾向を助長する場のあり方―は、必ずしも充分に見積もられているようには見受けられなかった。

 さらにそこで凝らされていた創意工夫に目を向けるならば、すでに少し触れたように、この作品の主な演出的着想(俳優の動線のコントロール、大胆な音響・照明効果の活用、etc. )は、おおむね第一義的な素材(朝鮮半島の歴史性)とは別のところに拠り所をもっている。もちろんそれはそれで悪いわけではないが、翻案台本がチェーホフ劇におけるメタシアターの構造を踏まえつつ、1930年代の韓国演劇における新派調やそれに対する反撥などのエピソードを跡づけたものである以上、演劇そのものの歴史性、とりわけ内容と手法にあいわたる位置にくる〈演技〉のそれが、もっと掘り下げられても良かった気がする。

 演出の多田淳之介は「私たちは、私たちが歩んできた10年の歴史をもって1930年代からの日韓の歴史と対峙」すると述べているが(『가모메  カルメギ』当日パンフレット)、こうした自負は、作品の終幕部分において歴史年表的な項目と本上演にまつわるトピックとを織り交ぜた字幕を次々と映し出すという処理にあらわれている。自らの歩みを介在させながら、人間の〈歴史〉と呼ばれているものを扱うことの意味を演劇的にたしかめてみること。それがこの日韓コラボレーションの指針にかかわるならば、そこに韓国と日本の近代演劇がたどった/たどらざるをえなかった歩みのさらなる再検討が要請されているといえはしないだろうか。(2018年7月21日、AI・HALLで観劇)

 

 

※註

上演タイトル《가모메  カルメギ》は、〈か〉〈も〉〈め〉という日本語の音を示すハングルと、〈かもめ〉の意味をもつ韓国語の音を示す日本語(カタカナ)からなる。つまり日本語と韓国語どちらか一方に引きつけてみても解することができない語の連なりであり、われわれを包んでいる二つの母語の圏域のありようを改めて思い起こさせるものとなっている。演出家による上演タイトルについての言及は、多田淳之介インタビュー(http://www.aihall.com/karumegi_itami_interview/)を参照。2018年9月20日最終アクセス。

 

 

〔付記〕

本文中、原作テクストについては、神西清訳「かもめ」(『チェーホフ全集』第12巻、中央公論社、1975年)から引用させていただきました。

 

 

〔作品クレジット〕

東京デスロック+第12言語演劇スタジオ

『가모메  カルメギ』

日時:2018年7月20日‐22日  場所:AI・HALL伊丹市立演劇ホール

演出:多田淳之介(東京デスロック) 原作:アントン・チェーホフ 脚本・演出協力:ソン・ギウン(第12言語演劇スタジオ)

出演:夏目慎也 佐山和泉 佐藤誠 間野律子 ソン・ヨジン イ・ユンジェ クォン・テッキ オ・ミンジョン マ・ドゥヨン チェ・ソヨン チョン・スジ イ・ガンウク

スタッフ:ドラマトゥルク:イ・ホンイ 翻訳:石川樹里 照明:岩城保 舞台美術:パク・サンボン 舞台美術コーディネーター:濱崎賢二 舞台監督:浦本佳亮 棚瀬巧 音響:泉田雄太 衣裳:キム・ジヨン 衣裳管理:原田つむぎ 小道具:チャン・キョンスク メイク:ソク・ピルソン 演出助手:岩澤哲野 チェ・ヨンオゥン 通訳:キム・ジョンミン 

企画制作: 東京デスロック、一般社団法人unlock

ブルーノ・ベルトラオ『イノア』

演目:グルーポ・ヂ・フーア『イノア』(ブルーノ・ベルトラオ作)

評価:★★★★★★★☆☆☆(7点/10点満点)

 

ブルーノ・ベルトラオは魅力的だが、この程度の成功でとどまってはいけない

 

森山直人

 

 結論から言おう。この作品は素晴らしい。いや、それどころか、もっと素晴らしい作品になる資質さえ備えている。だからこそ、あえて言いたい。ほんとうに、この程度の成功でよいのだろうか。

 

 ブルーノ・ベルトラオ(1979年生)が率いるグルーポ・ヂ・フーアの公演を見るのは、これが2度目だ。2009年にフェスティバル/トーキョーで来日した『H3』は、ヒップホップとコンテンポラリーダンスが融合した、新しい時代の到来を告げる作品として、大いに喧伝されたと記憶している。「あのウィリアム・フォーサイスが絶賛した」という情報だけでも、見る前から観客の心をはげしく掻き立てるのに充分だった。しかもそれは、まだ立ち上がったばかりのフェスティバル/トーキョー(F/T)という新しい国際舞台芸術祭に対する、抑えがたい期待感とも相乗していたのである。ちなみに、今回唯一の国内公演が行われた山口情報芸術センターYCAM)は、『H3』を、F/Tと共同で招聘しているので、ベルトラオとはその時以来の付き合いとなる。2013年に、ベルトラオは一旦カンパニーの活動を休止し、本作は久しぶりの作品制作となった。ドイツ・ハンブルクのカンプナーゲルや、ウィーン芸術週間などの共同製作により、昨年5月に世界初演を果たした作品である(ちなみに、タイトルの「イノア」とは作品が制作された土地の名だという)。

 

 まず、なにが、素晴らしかったのか。いうまでもなく、ダンサーたちの圧倒的な身体能力である。それこそ、見ているだけで楽しくなる。全部で10人の男性ダンサーだけ(20代・30代)で構成されているメンバーのなかには、彼が活動休止以前から一緒に作品づくりをしていた者もいれば、今作がはじめての参加となる若いメンバーもいるのだという。そうした彼らが、ストリートのようなラフな服装で、デュオからトリオへ、そして全員(もちろん、アンチ・ユニゾン)へと展開していく。

 

 だが、やはり瞠目するのは、それぞれの個人技が爆発した瞬間である。人の背丈ほどもジャンプしたかと思えば、そのまま床に落下し、しかしたんに落下するのではなく、次の瞬間信じられない身体のバネを使って、文字通り、ボールのようにバウンドし、難なく次の動作に移っていってしまう。そんな場面が、約1時間の上演時間を通じて、何度となく繰り返されるのである。そして、そんなパフォーマンスを繰り広げるひとりひとりのダンサーの顔も、いかにも魅力的だ。それぞれが、一種の優しさと暴発しそうな危うさを同時に内に秘めており、それだけでも世界が立ち上がってくる。アクティングエリアの間口は、6,7メートル、奥行きは5メートルくらいといったところだろうか。床面は漆黒で、一切装置の類はない。ただひとつ、舞台上方に、エリアを囲む形で、コの字型の、横長のスクリーンが吊られている。終演後ベルトラオ自身に話を聞いたところによれば、彼らがリハーサルをかさねているガレージのようなスペースに、まさにそのような細長い窓があって、「外」の光や風景がさしこんでくるそうだ。

 

 この作品の特徴は、ダンサーたちが普段踊っているのであろうヒップホップの動きを抑制し、より幅広い身体表現としてのコンテンポラリーダンスとしての可能性を探ろうとしている点だ。ダンスとしてのヒップホップ的なボキャブラリーが抑制されているだけでなく、音響面でも、ヒップホップ的な音楽はまったく用いられない。代わりに、空間を満たしているのは、たとえば、飛行場のノイズのような合成された環境音であったりする。これも、終演後に演出家が強調したことだが、彼がこの作品で探究したかったのは、ヒップホップならば不可欠であるはずのリズムやカウントをむしろ排除し、その代わりに、ダンサー同士がお互いの次の動作のキューを出し合うような、コミュニカティヴな関係性を通じて生まれる表現の可能性である。いいかえれば、ダンスを紡ぎだす原動力は、音楽ではなく、あくまでもダンサー同士の身体の相互作用である、というのが、『イノア』のコンセプトだったということであり、その点を見誤る観客は、おそらくほとんどいなかっただろう。

 

 もちろん、そうした試みは、演出家として当然持つべき発想である(いくら優秀なヒップホップダンサーだからといって、ヒップホップを見せることが、この作品の目的ではないのだから)。ただ、そうした側面から見たとき、残念ながら、この作品の弱点もまた見えてきてしまう。一言でいえば、それは「間(ま)」の感覚の甘さであるといってよい。たとえば、ダンサーとダンサーが、お互いのタイミングをはかり、次の動作へと移り変わるまさにその瞬間、彼らの身体が、あらゆるテンションを内包した「静」を実現しきれていないために、動きが不必要に流れてみえてしまうのだ。

 

 ヒップホップの音楽を使わない、という演出的な選択は、何を意味しているのか。ある意味で、それはヒップホップダンサーの〈身体〉から、ヒップホップとは異なる新たな〈リズム〉を引き出そうとする試みであるといえる。そこに、この作品の作品としての挑戦があり、魅力であることは論を待たない。だが、先に述べたような個々の抜群の身体能力に比して、曲のリズムに依らない〈リズム〉の創造、という点では、到底、最高レベルの能楽には及ぶべくもない。むしろ、完璧に静止することのできない身体の未熟さのほうが、際立ってきてしまう。――いったい、そのことを、どのように考えたらよいのか。

 

 したがって、この作品は、個々の身体能力の若々しさに依拠した、良くも悪くもアバウトな作品なのだというべきである。もちろん、ここでアバウトと言うとき、アバウトなものが放つどうしようもない魅力というものがあり、それをこの作品のダンサーたちが持ち合わせていることは、充分に考慮にいれた上でのことである。いろいろな演出的工夫は見られるとはいえ、やはりこの作品の、現時点における最高の魅力は、身体の、活き活きした素材としての魅力であり、新鮮さなのだ。

 

 だからこそ、この作品を見終えた今、私は、何かもどかしい、不完全燃焼な印象を拭えずにいられない。はたして、彼らのもっているあの身体性が私たちにもたらしてくれる興奮は、この程度にとどまっていてよいのだろうか。それぞれの身体がもっているアナーキーで自由な魅力にくらべて、複数のダンサーが相互に絡み合って作られるムーヴメントは、やや大雑把な言い方になってしまうが、いまのところ、あまりにも、「よくあるコンテンポラリーダンス」の雰囲気に似すぎてしまっている。あるいは、そういう鋳型に、無意識にはめこもうとする意識から、演出家自身が完全に抜け出してはいないのではないか。――だが・・・

 

 ・・・だが、ここで私は、若干複雑な思いに囚われていることも、また白状しなければならない。ベルトラオは、ブラジル・リオデジャネイロを本拠にしている。そのことから、私はどうしても、彼の作品を、同時代のラテン・アメリカのダンス作品と比較してしまう誘惑に勝てずにいる。

 

 たとえば、リア・ロドリゲス(ブラジル)。2012年に京都国際舞台芸術祭(KYOTO EXPERIMENT)で上演された『ポロロッカ』は、素晴らしい作品だった。ベルトラオと同じリオのファベーラ(貧民街)を拠点としている彼女の作品は、文字通り、日常が危機と隣り合わせの身体性を、見事な舞台作品として実現していたのだった。あるいは、ルイス・ガレー(アルゼンチン)。とりわけ、2014年に同じフェスティバルで上演された『メンタルアクティヴィティ』と『マネリエス』の2本は、いまだに忘れがたい衝撃を私たちに与えてくれている。そして、マルセロ・エヴェリン(ブラジル)。とりわけ、昨年の同フェスティバルで上演された『病める舞』・・・。こうした南米の振付家たちは、いずれもきわめてレベルの高いアクチュアルな作品を、私たちに提供しつづけている。もしも私が、過去10年に見ることのできたダンス作品のベスト10を選ぶことになったら、こうした作品の少なくとも2,3本は、確実に指を折ることになるに違いない。――それらと比較してみたとき、ベルトラオは、率直にいって、まだ若い、といわざるを得ないところがあることも、またたしかなように思われる。

 

 しかし、である。ロドリゲスにせよガレーにせよエヴェリンにせよ、彼らは、ヨーロッパという舞台芸術の中心地で直接学んだキャリアを持つ、いわばダンス・エリートであることも、またたしかなのである。(たとえば、ロドリゲスが、ベケット不条理劇をモチーフにした『May B』で日本にも支持者の多い、マギー・マランのカンパニーメンバーでもあったことはよく知られている)。それに対して、ベルトラオは、そうした経歴を踏んでいない。ロドリゲスにせよガレーにせよエヴェリンにせよ、彼らの作品にかんしていえば、前衛的なコンセプトと同様に、彼らの劇場空間の使い方の巧みさには舌を巻くばかりだ。それに対して、ベルトラオの場合は、どうか・・・。

 だが、だとすると、やっぱり舞台芸術は、けっきょくいまだに、ヨーロッパ型の劇場空間(今回のYCAMの劇場空間も、基本的には同じである)で映えるものだけが、やはり生き残るということになってしまうのだろうか。いまや、こうした発想にたって、ロドリゲスやガレーやエヴェリンを讃え、ベルトラオに未熟さだけを感じてしまうのは、それ自体、すでに時代錯誤になりつつある感覚なのではないか・・・。

 

 もしかすると、私のベルトラオに対する不満は、それ自体、打ち破られるべき反動なのではないか(劇場がうまく使えていないのか、それとも、劇場がもはや窮屈なだけなのか)。そして、私としては、そうした私の中の、西欧中心主義を完膚なきまでに打ち砕いてくれる「新生ベルトラオ」を夢想してしまうのだが、そうした夢想自体とて、反動の裏返しに過ぎないのかもしれない。少なくとも、いまの時点で私に言えることは、この作品が「劇場」ではなく、もっとストリートに近い場所で見たほうが、作品の輪郭がもっと鮮明に見えたのではないか、ということだ。ほんとうはそんなことが一瞬でも頭をよぎらずともすむような演出家としての深化を、静かに願うにとどめておくべきなのかもしれない。もう少し、ダンサーたちの身体の相乗効果を引き出す方法論が変わっていけば、作品そのものが、もっと魅力的で、爆発的なものになるに違いないのだから・・・。ヒップホップを唯一の窓口として、「コンテンポラリー」を立ち上げようとするベルトラオには、いっそのこと、私たちが知っている「コンテンポラリーダンス」を木っ端微塵に破壊してほしい。西欧中心主義を吹き飛ばし、それに依存してここまで生き延びてきた「明治維新150周年」などという時間の虚しさを高らかに嘲笑し、見ている私たちが、死んでもいい、と思わせるようなダンスを作ってほしいのだ。

 

 だから、いまは、あえてこう言っておきます。

 頑張れ、ブルーノ・ベルトラオ!!

 

山口情報芸術センターYCAM) 2018年9月2日に観劇)

                                                     

 

グルーポ・ヂ・フーア『イノア』 INOAH by Grupo de Rua

2018年9月1日・2日/山口情報芸術センター

作:ブルーノ・ベルトラオ

出演:ブルーノ・ドゥアルチ、クレイジソン・ジ・アウメイダドウグラス・サントス、

イゴール・マルチンス、ジョアン・シャタイニェール、レアンドロ・ゴメス、レオナルド・シリアコ、ホニエウソン・アウラージョ・カプー、シジ・ヨン、アウシー・ジュニオル・キプエ

照明:ヘナート・マシャード

衣装:マルセロ・ソンメル

音楽:フェリペ・ストリノ

演出助手:ウゴ・アレシャンドレ・ネヴェス

世界初演:2017年5月30日/カンプナーゲル(ハンブルク

 

渡邊守章『繻子の靴』 四日間のスペイン芝居

 

 

『繻子の靴』を見た。

 

 本当はそう胸を張って言いたいが、実際にそれを「見た」と言えるのか、正直あまり自信がない。

 別に目を閉じ続けていたわけでもなく、まして眠っていたわけでもないのだが、上演時間8時間の舞台を見るといった経験は、隅から隅まで見尽くした、というよりは、むしろ、あらゆる細部を見逃したり、話の筋を聞き逃したり、登場人物同士の関係を忘れたりしながら見たということだと思うので、どちらかといえば、「見た」ものよりも、「見逃した」ものの方が多いのではないかと思いつつ、そんな事を考えた結果、『繻子の靴』を見た、という書き出しは少し間違った一文で、正確には、その『繻子の靴』を、沢山の細部を見逃しながら見ていた、と書くのが、より正直な文章であるような気がする。ただ、今作のような8時間の上演でなく、75分とか100分とか、そんな平均的な上演時間の作品を見ることであっても、ついつい途中で照明の吊り方を見たり、話している人の顔ではなくその人の衣装がズボンの裾から出ているのが気になったりしてしまうものだから、演劇公演というものは、得てして多くの細部などを見逃したり、聞き逃したりしてしまうものではないだろうか。

 

 あるいは、林達夫という人であれば、「セリフは要所要所だけが分かればそれでよい」なんてことを、平気で書いてしまう。

 

僕たちだって、歌舞伎にしろ、シェイクスピアにしろ、その脚本を精読していっても、セリフの全部はなかなか聴き取れない。また、その必要もない。むしろ、またしても言えば、セリフは要所要所だけが分かればそれでよい。そして、要所のセリフは名文句や紋切り型ほどいい。レトリックでいうトピックスだ。それを巧く使っていればいい。これが芝居を作るコツですよ。

(引用:林達夫久野収『思想のドラマトゥルギー』)

 

 そして、歌舞伎を見ながらその客席で、煙草を吸ったり弁当を食べたりしていたはずの観客が、《芝居のハイライトにさしかかると、とたんにクルリと振り向いて、“待ってましたァ”》と声をあげる風景などを例に出しながら、林は、演劇を見ているときには、全部の台詞なんて聞き取れないし、そんな必要なんかない、と、あけすけに語るわけである。

 もちろん、わたしたちの多くは演出家ではないので、「芝居をつくるコツ」なんてものは知らなくても良いと思う。しかし、つくるコツにはそれほど関心がなくとも、この林の発言は、もしかしたら、「芝居を見るコツ」として、大いに役立つかもしれない。

 

 実際、付箋を貼って蛍光ペンを引き、何度も何度も読み返したあの小説やその論文を、しかし何度も忘れるからこそ、わたしたちはその本を、二度三度と読み返すことが出来るのだし、見慣れた表紙の本を開いても、まるで今日、自分はそれを初めて読んだのではないか、と錯覚してしまうような、いままで気にも止めなかった美しかったり驚きだったりちょっと笑える文章などを見つけてしまったりするのだから、とても平凡な言い方ではあるけれど、それがどのような物語であれ、その全てを、自らの手、というか目や耳の中へ不可分なく収めることなど、はじめから、夢のような話なのだろう。まして客席からは、付箋を貼ることも出来なければ、マーカーを引くことも出来ないし、忘れたことを思い出すために、すでに通り過ぎたページを逆向きにめくることも出来ないのだから、多くのことが見過ごされたり、忘れられたりしてしまうのは、上演を見ることに関わるやむを得ない事情であり、その意味で演劇は、ドアを閉められた密室の中で今まさに生まれたものが、しかし今まさに目の前で消えていってしまう、死産された命のような宿命を、そもそもから持っているのかもしれない。

 とは言え小説だって、時々は、やっぱり忘れられてしまう。

 

驚いたことに私は『菅野満子』の内容をまったく憶えていない! 『菅野満子』を読み終わって『寓話』にとりかかったらやっぱりこっちも何も憶えていない! いや、ごく部分部分で思い当たるところがあるから読んだことは間違いないのだがーー、というよりも、あの、かつて読んだときの高揚感をいまでも忘れていないのだから、それこそが何よりも信用できる根拠なのだが、とにかく具体的なことが全然憶えていない。

(引用:保坂和志『小説の誕生』)

 

 かつて読んだはずの小説を、まったく憶えていなかった事への驚きについて、小説家の保坂和志氏がこのように語っている。小島信夫によって書かれたふたつの小説に対する《高揚感》を信頼しつつ、さらに、別の文章においては、「居ても立ってもいられない気持ち」になったのだとすら書いていながらも、しかし保坂は、このふたつの小説の内容については、《何も憶えていない!》と言うのである。

 読者としては、「憶えていない」という言葉が、190文字の文章のあいだで三回も書かれていることに驚いたりもするのだが、『繻子の靴』の上演について言えば、私は「何も憶えていない!」わけではない。多くのことが見逃されていたとはいえ、例えば「二日目」終盤の「二重の影」の一幕で、上下三段に組まれたひな壇型のスクリーンの前を、一人が下手側から、もう一人が上手側から、それぞれゆっくりと中央に向かい歩いていくシーンなどは、映像を目に浮かべるように、思い出すことも出来るのだ。

 

 そのシーンに現れるのは、新大陸の制覇を目指すロドリッグと、その彼に愛されながらしかし夫を持つ身であるプルエーズの二人である。ロドリッグはかつて、嵐に巻き込まれた後に漂着した海岸で、そのプルエーズに恋心を抱いたのだが、彼女にはすでに夫がおり、それでも叶わぬ恋を求めながら、しかし何度もすれ違ってしまう。そして、プルエーズもまたロドリックへと、駆け落ちを提案する手紙を書いたりもするのだが、救いを求める彼女の声もまた、ロドリッグへは伝わらない。『繻子の靴』の大筋は、偶然に出会いそして結ばれるべきはずだった二人が、様々な出来事に翻弄されながら、ついに報われることのなかった愛の過程と、プルエーズの死と愛という絶望から開放されるロドリッグの姿が描かれるわけだが、そういった様々なすれ違いを続ける二人が、「二日目」の終盤、演出の渡邊氏によって「二重の影」という詩のような散文が語られている、二人を邪魔する人物などが一人も居ない無人の舞台上に現れる。

 

 二人はそれぞれ、一人が下手側から、もう一人が上手側から、それぞれゆっくりと中央に向かい、同じ速度で歩き続けている。しかし、二人の歩く地平は異なっていて、上下三段に組まれたひな壇型の舞台美術の、最上段をプルエーズが歩き、そして、最下段でロドリッグが歩いているため、愛し合うべきその男女は、しかし互いを見ることもなく、すれ違うために歩きつづけることになる。ただ、そんな二人の間にある、三段に組まれた内の中段の壁には、本来であればそんな場所に映るはずもない二人分の「影」が、その二人と同じようにゆっくりと歩いている。

 互いの存在に気が付かないままの、肉体を持った二人がすれ違うのをよそに、影は、同じ地平で互いに向かい合っている。その後、上下の二人が歩くのに合わせ、ゆったりとした歩みによって、少しずつ距離を縮めながら、やがて影は互いに出会い、そして、愛し合う男女がそうするように、ひとつの影として重なり合う。そこで見られるふたつの影は、舞台上にいる二人の影ではなく、そのシーンでナレーション的に語られていた通り、《永遠に朽ちることのない文書》としての《主なき影》ではあるのだが、それは、叶わぬ愛をすれ違わせ続けたふたりの、あり得たかもしれない別の結末として読むことも出来るだろう。

 

 その舞台上では、生身の「肉体」と、幻想としての「影」が、ひとつの場所で同時に表象されていた。それは、映画や文学では決して採用できない、演劇だけが可能な表現――たとえば、俳優自身と役の人物がひとつの身体に共存すること、つまり、「演じている具体的な人物」と、「虚構の中に描かれた想像的な人物」とが二重写しになることで、その身体が、「具体的かつ抽象的」な二重の存在を生きる、「演劇」の虚構的な身体性と同じように、その一幕では、「肉体」のすれ違いと、「影」の出会いという、それぞれに異なる表象が、しかしひとつの場面の中で、まったく演劇であるとしか言いようのない形で描かれていた。

 

 さて、今作ではその「影」のように、出演者たちの演技によって物語が進行する中で、三段組のスクリーンに、映像作家の高谷史郎氏の映像が、全編通して映される。そこでは、ある時は具体的な風景であり、ある時は抽象的なイメージであるといった、多様な種類の映像が映されたが、もちろんそれは、城なら城を、海なら海を映すことで、その風景を説明的に描写し、作品が描く「内容」を伝えるためのものではない。いわば、それらの映像は、パフォーマンスする舞台美術として、あるいは、場面の「内容」以上の、別のテキストを物語る「音調」として、この作品を満たすのである。

 

精神科医は、眼前でたえず生成するテクストのようなものの中に身をおいているといってもよいであろう。そのテクストは必ずしも言葉ではない、言葉であっても内容以上に音調である。それはフラットであるか、抑揚に富んでいるか? はずみがあるか? 繰り返しは? いつも戻ってくるところは? そして言いよどみや、にわかに雄弁になるところは?

(引用:中井久夫日時計の影』)

 

 吉田城のプルースト翻訳について書いた短いエッセイで、中井久夫はこんなことを書いている。とはいえ、精神科医ではないとしても、ある言いよどみや逡巡が、語られている言葉の意味以上に何かを語っているのを聞いてしまう、ということ自体は、きっと誰しもに経験のあることだろう。

 テキストに書かれた言葉の内容より雄弁な声を観客は聞いている。というのは、あまりにも、平凡で、正当で、当たり前のことなのだが、そういう平凡なことはあまり話題にされないし、あまり関心も持たれない。とはいえ演劇は、あるいは「言葉の演劇」とは、そんな単純な言葉の振る舞いで人を魅了することが出来てしまう芸術なのである。

 

 だから、人の名前である以上に、本来であれば示される意味など何もない、「ロドリッグ」という固有名ですら、剣幸氏が客席へ向け、悲痛だとか張り裂けるようなとか、そんな比喩で語れるかもしれない叫び声で口にすることで、それは、ただ人の名前を呼んでいる、という以上に何かを伝えてしまうのだし、観客も、その声に、あてどない何かを感じてしまう。名前は別に、トピックスでもキャッチコピーでもなく、ごく普通に口にされる台詞のひとつでしかないけれど、にもかかわらず、その台詞が絶対に聞き逃されるべきではない、重要なトピックスであるかのように聞かれるためには、たとえば剣氏の声のような、豊かな「音調」が必要なわけだし、そんな「音調」への憧れは、古めかしい演劇観への回顧ではなく、例えば「地点語」と呼ばれるようなものや、あるいは「超現代口語演劇」と呼ばれるそれぞれに特異な文体の中で、いまも脈々と生きられているとも言えるだろう。

 

 そして、この『繻子の靴』の醍醐味は、あらゆる台詞をトピックスであるかのように聞かせてしまう、そんな「音調」の豊かさや強度にあったと思う。特別な「決め台詞」が持つ、意味深さや過剰な煽り、といったことへの関心ではなく、誰かの名前や、僅かな短い呟きなども含めた、上演のあいだに語られるすべての言葉を発している俳優たちの「声」が、抑揚や繰り返し、言いよどみや、にわかな雄弁など、言葉の「内容」以上のテクストを生成されていたと言えるだろう。

 また、その舞台上に集まっている「音調」の、あまりにも広い振り幅こそ、今作を他に類のない唯一無二の作品とした要因であると言える。映像作家でありダムタイプに所属する高谷史郎氏の多様な映像が三段の白いスクリーンで煌めく中、野村萬斎氏という狂言師による前口上が語られ、元宝塚歌劇団月組のトップスターである剣幸氏が作品の中心に据えられながら、能楽笛方、藤田六郎兵衛氏の能管が響き、原摩利彦の音楽が上演の端々で聞こえている。それらの音や声に、SPAC所属の俳優陣や、京都造形大の卒業生であり渡邊氏の授業を受けていた若い俳優などの声が重なっていく、様々に異なる「音調」の重層的な響きは、なかなか他所では実現出来ない特異なものであるはずだ。

 

 しかし、である。もうひとつ重要で、思い出すべき事柄とは、そこで語られている言葉が、渡邊守章、という翻訳家によって書かれた言葉だということである。

 

 渡邊氏の言葉について過去の作品を例に出すと、ジャン・ジュネの『女中たち』を翻訳した渡邊氏は、「菩提樹花」と訳される一文を、独特な「音調」の日本語へと書き換えている。別の翻訳者による場合では、それは原作に準じ、菩提樹を「チユール」としてまず翻訳し、それが訛りのある発話で語られていたという当時の上演記録から「チヨール」という発音へと訳しているのだが、渡邊氏の『女中たち』においては、それを、日本語読みで「ボダイジュカ」と読むことにし、さらに、上演記録にある訛りの指定への対応として、それは「ボダージュカ」、ないしは「ボダアァジュカ」という、日常的に聞かれることのない、新しい日本語による翻訳によって上演をするのである。もちろんそれは一聞して、何かはっきりとわからない言葉ではある。しかし、耳馴染みのないその言葉が作中で何度も口にされ、その度に、意味を表すという言葉の機能に亀裂が入り、その意味よりも音自体が優位に立つことで、言葉の流れに独特な拍子や旋律が造られる。今作の『繻子の靴』においてであれば、「足下」という一語は、「ソッカ」という聞き馴染みのない読み方によって語られていたようである。

 もしくは、剣氏の語るこんな台詞を引用してもいいだろう。「三日目」の終盤、ついにロドリックと出会ったプルエーズが、私自身が歓喜であり、それを信じろと強い口調で語るシーンで、渡邉氏が翻訳した言葉は、前半の雄大で堂々とした語りから、文節として成立しない混乱した一種間抜けな繰り返しへと、急激な振り切られ方で落差をつける。

 その一連の演説において、ほぼ最後となるこの言葉たちは、美辞麗句などで飾りたてられることではなく、執拗な混乱した繰り返しという生々しい方法によって、その切実さを描く。

 

わたしを、あなたは愛するのをやめてしまう、わたしが無償のものでなくなったら!

信じる者に、約束などは要りません。

なぜ、信じないのです、この歓喜の言葉を、すぐにでもこの歓喜の言葉を求めようとはしないで別のものを求める、わたしの今ここで生きている存在が、今すぐあなたに聞かせようという歓喜の言葉なのです、どのような約束でもない、わたしなのです!

わたしなのです、ロドリック!

わたしこそ、わたしこそ、ロドリック、わたしこそ、あなたの歓喜! わたしこそ、わたしこそ、わたしこそが、ロドリック、あなたの歓喜なのです!

(引用:ポール・クローデル『繻子の靴』渡邊守章訳)

 

 様々にジャンルの違う出演者によって台詞が発された今作の、言葉の「音調」の自由さを支え、あるいはその豊かさをさらに加速させるのは、「声」であることに向けられた渡邊氏の翻訳であり、その言葉は、そもそもから「内容」への関心と同じか、あるいはそれ以上に、「音調」への強い関心によって書かれていたのだと思う。

 また、そんな独特な翻訳について、《たとえば、ラシーヌ詩句を発することが出来る身体を、日本語と日本人で、いかにして造るのか》と、かつて渡邊氏がそう書いていたことを思い出せば、その一風変わった翻訳がしかしまったく正当な理由によるものだったと頷ける。《ラシーヌ詩句を発することが出来る身体》についての問題と同様に、クローデルの詩句を発するための身体や声を、いかに造り得るかもまた、ひとつの大きな問題であり、そして、それらの詩句を日本人が発するための「身体」を「造る」ためにも、渡邊氏は、まず、日本語で発されるために必要な、言葉そのものの「文体」という、別の「体」から造り始めていたのではないか。

 

 だからそれは、奇をてらった特殊な「トピックス」などではなく、日本人による上演のための「音調」を得るために必要な「文体」だったのではあるが、そんな、新たに造られた日本語によって語られる、日本語で上演された『繻子の靴』においては、言葉だけでなく俳優らの「身体」もまた、その言葉を上演するための独特な方法を採用していた。

 《神は、曲がりくねった線で、真っ直ぐに書く》というのは、今作の紹介文でも引用されたポルトガルの諺であるが、今作が採用した身体性というのは、この一文のように(あるいは、ひとつの舞台にあらゆる「音調」がひしめき合っていたのと同じように)、多くの身体性を取り込みながら、多方向への逸脱を繰り返す、重層的で曲がりくねった身体の線として描かれたのである。

 

 今作は、西洋型演劇のように演じられる身振りが上演の中心に据えられながら、「月」を演ずる武田暁氏の舞の型ような一連の動きや、「黒人娘」の飛んだり跳ねたりする道化的でいかにも過剰な演技、あるいは、ドン・バルタザールを演ずる小田豊氏が果物の中に頭を突っ込むコントのようなコミカルな死に様など、《古今東西の演劇伝統を自由に舞台に取り込み、華やかな作品に仕上げて》いたとも語られた、様々な演技、あるいは渡邊氏の言うところの、「構え」が取り込まれていた。もちろん、西洋や東洋なども問わず、様々な「構え」へ逸脱し続ける型や身振りの多様さは、観客が見慣れた演劇らしい身体性から、専門家でない筆者にとってはそれが何であるか名指すことの出来ない伝統演劇のような仕草などへも向かうのだから、その全てが何であったかを、見逃さずに見ることは難しい。

 

 ただ、わたしたちの全員が、渡邊氏のような「知の巨人」でなく、古今東西の様々な歴史を見渡したりは出来ないまま、ある仕草なりを支えている歴史の背景などをすべて知ることが出来ないとしても、しかし今作の演出が、知っているものも知らないものも含め、渡邊氏の演劇的教養の中から選択された、多国籍な歴史と技術が大盤振る舞いされている、そんな「贅沢」な演出であったことは疑いのないことではある。そして、あるテキストをどのような演出によって上演するかという、演出家にとって一大事であるその自由さに対し、歴史の中で発見された多様で雑多な身体性を舞台の上で結び合わせる「引用の織物」として(あるいは、渡邊氏の言葉を借りれば、「キマイラ的」な演出として)、今作は、『繻子の靴』という一本に繋がる物語を《真っ直ぐに書く》ために、渡邊氏だけが描くことの出来る、その大きさすら計り知れない広く複雑で思いがけない《曲がりくねった線》の筆跡に、ただただ圧倒されてしまう、唯一で特別な上演であった。

 

 あるいは、過去の著作において、渡邊氏はこのようなことを書いている。

 

演劇は、近代的自我というような幻想的統一体を提供してくれるから私達の思考の〈劇場〉となるのではない。そうではなくて、まさにそのような統一体の崩壊・解体の地平で、演劇は、一集団の〈影〉をも捉えることのできるあれら人間の顔立ちをした虚像達が、実は由来を異にする複数の言語態の、時としては無関係とも思われる寄せ集めによって成立していることの、最もあからさまな証言であり、しかもその証言を生き、見せる場が、生き身の人間の身体的現実を分断しつつそこにたち現れる〈身体の虚構性〉にほかならないからなのである。劇場もまた、このような視座に立ってこそ、知の変革に見合った〈劇場〉たり得るだろう。

(引用:渡邊守章『芝居鉛筆書き』)

 

 「幻想的統一体」ではなく、「統一性の崩壊」の地平で、「由来を異にする複数の言語態」の「無関係とも思われる寄せ集め」を「生き、見せる場」という視座こそ、「知の変革に見合った〈劇場〉」と語られているそれは、今作においてはっきりと実現されていたのである。

 そして、ひとつの「声」や、ひとつの「体」へ統一されない縦横無尽に曲がった直線が、その曲がりくねる筆跡の途中で、観客からは多くのものが見逃されていたのだとしても、しかし様々な空間や時間を経由することで、多くのイメージが寄せ集められる、そんな、雑多な言葉やイメージが、絡み合いながら思いがけない衝突をしてしまうことへの驚きや感嘆こそ、今作を見る喜びであり、あるいは、そんなイメージのあえかな衝突とは、文学や映画や美術など、あらゆる芸術を見ることの、根本的な喜びのひとつであるとも言えるかもしれない。

 

 

 

 

 ここからは余談だが、ちなみにこの「虚構の身体」や「知の変革に見合った劇場」などという言葉は、現在それほど多くの関心が持たれていないのだと思う。

 ただ、わたしたちはいずれ、この問題に再び立ち戻ることになるだろう。多くの公共劇場では、いわゆる「社会包摂事業」と呼べるような施策を打ち出し、なかば画一的とも言えるような事業を各劇場が進められている。その主流としては、福祉としてのシニア層企画、教育としての子供向け企画、産業・観光としての地域アート的企画などといった、多くの「有用」な事業である。

 そこで劇場は、共生のための、教育のための、居場所のための場所であるといった、「幻想的統一体」を練り上げようと躍起になっているとも言えるが、そこでわたしたちは、たとえば藤田直哉氏によって、『前衛のゾンビたち』の中で語られた、国策の一環としての「地域活性化」に奉仕するような地域アートの傾向へ向け、「そんなに簡単に、有用なっていいのか」と突きつけられた問題提起を思い出しても良いはずである。そして同時に、演劇を支える劇場もまた、文化庁が推薦する「社会包摂」の正しさに寄りかかりながら、マネジメントを続けることで「有用」なものや「良いおこない」を目指す指針が、「知の変革」を生き、そして見せる場でもあるはずの「劇場」の姿を忘れさせているということも、思い出さなければならないはずだ。

 

 それに、そもそも劇場は昔から、そのような「良いおこない」の場所だったのだろうか? 《事実、この時期、つまり十七世紀の三〇年代までの劇場は、多くの評判記や証言が一致して語っているように、場末のちんぴらやごろつきの蛸集する〈悪場所〉であって、その意味では大衆のアナーキーな活力の醸造庫の一つでもあった》と渡邊氏が、『渡邊守章評論集 越境する伝統』の中で語っているように、たかだか数百年前までは、劇場はごろつきの集まる、悪場所、だったのである。

 とはいえ、21世紀の劇場が17世紀の劇場を真似る必要などはもちろん無いし、ごろつきばかりが集まっていても治安は悪くなってしまうし、それに、劇場が誰しもにとって開かれている状態は確かに正しく思えるので、ごろつきのような人たちでなくとも、特定の誰かによって占領されるという事は避けなければならないのである。

 

 しかし同時に、アナーキーな活力というか、得体の知れない何者かの訪れによってそれが何なのか考えながら是非を問わざる得なくなるような「知の変革」や、社会的常識としては到底納得できないものだがやけに魅力的であることによって規範の存在に疑いをもたせるような「知の変革」の体験など、要するに、わたしたちの生きる日々の意味すら変えてしまうような出来事との遭遇に、期待しながら待ち焦がれたり、欲望したりすることが無いのなら、わたしたちは、劇場に対する憧れなど、すぐに忘れてしまうのではないか。しかし不安は、そんな憧れを忘れることではない。危惧すべき問題は、一義的で「有用」な出来事へ向けた統一体を造る過程においては、共同体の創造と維持へ奉仕するための作品にしか価値が見いだせなくなることの不自由な退屈さである。その意味で、《統一体の崩壊・解体の地平》や《アナーキーな活力》についての言葉は、かつて日本で語られながら、しかし今では口ごもられてしまう、「劇場」のある機能についてを端的に語る言葉であり、わたしたちには、その地平で語られる言葉の意味を、立ち返りながら考える必要があるだろう。

 

 今回の上演が実現されるにあたっては、大学の「劇場」を活用し、数年にまたがった研究の過程があったこと、さらに、今作が上演された「劇場」であるSPACに所属している俳優を含めた座組が、その劇場の二階にある、ほぼ実寸の稽古場の中で稽古を続けられたことも、その大きな要因だと言える。作品をつくるための、十分な時間と場所、それに関わる多くの人が無理なく揃うという環境は、本来であれば当然のように実現されるべきものであるが、実際はあまり上手くいかない。そう考えると、出演者もスタッフの座組も、あまりに「贅沢」な今作において、しかし、もしかしたら何よりその創造環境こそが、今作における一番の「贅沢」だったのかもしれない。

 

 渡邊氏による翻訳のクローデルの台詞を、多様で巧みな出演者が語り、その演出には、渡邊氏の演劇的教養が多分に詰め込まれていたという今作は、おそらく二度と無いような贅沢な上演ではあった。しかし、だからといって、こんな企画が毎週末にどこかで行われたら良いのになぁ、と呟くのは、いくらなんでも、少し贅沢が過ぎるような要望ではあるだろう。

 ただ、せめて、作品創造の環境としては、劇場でじっくりと作品創作に打ち込める、というただそれだけの「贅沢」くらい、一刻も早くわたしたちにとって「普通」になればとは思う。渡邊氏が『虚構の身体』の中で翻訳していたのだが、マラルメはかつて、《すべては、〈美学〉と〈経済学〉に要約される》と書いており、それについての多くの誤読はあるかもしれないが、しかし、現代の舞台芸術の創造についても、やはり《美学》と同じくらい、《経済学》は重要な問題なのである。

 

 そして、映画監督のペドロ・コスタは、そんな《経済学》を語る上で中心に置かれるそれこそが、映画なのだと語っている。

 

いただいた問いに答えるにあたって、その前提となる私の視点をまず簡単に述べておきたいと思います。映画とはお金だ、ということです。人にお金を払わなくてはならない、金銭関係がその土台にある。お金にまつわるありとあらゆる力が蠢く、汚らわしい仕事であることを承知しなければならないのです。映画は他のどの芸術よりも不正に満ちあふれているのではないかと私は感じています。プロデューサーからの圧力、映画制作を取り巻く過酷な状況によって深く傷つき、道半ばで身を持ち崩してしまった監督たちを何人も知っています。そうした悲惨な事態が、すべての芸術のなかでも映画において最も多くみられるのではないでしょうか。[中略]

これまで述べてきたことを確認しておきましょう。ひとつ目は、映画が生み出すものとは、決して芸術的なものに由来するのではないということ。ふたつ目は、私がつねに気にかけていることでもありますが、映画を作る際にはあらゆることを現実的な問題として想定し、考え抜かなければならないということです。撮影のために必要な車輌や三脚、あるいはサンドイッチの包み紙がちゃんと揃っているか、どれだけのお金が手元に残っているのだろうか……通常、プロダクションと呼ばれる作業の方が、創造的と思われる活動より誰かに大きな比重を占めて、撮影の現場で私たちの前に立ちはだかってくるのです。

(引用:ペドロ・コスタペドロ・コスタ映画論講義 歩く、見る、待つ』)

 

 もちろん、こういった現実的な話は、演劇の現場でも変わらず、そこかしこに溢れているだろう。例えば演劇において「お金にまつわるありとあらゆる」ことについて考える(ということは、助成金、謝礼、観客動員などといった、それぞれ別の仕事として、ひとつの課題に取り組むということであるが)制作者という立場であれば、仕事の成果や専門性が見えづらく、ゆえにお金も払いづらいまま、なんとなく仕事として安い相場が固定され、だれもそれだけで食べていけない、というのが一応の雰囲気になっていて、「制作者の地位向上」といった施策も、形を変えながら行われ続けているのではあるが、結局、多くの制作者が精神を病んで現場から離れてしまったりする状況については、誰もがそれを知りながらしかし誰も公の言葉にしないから、狭い世界で完結してしまうのだし、だから巷では相も変わらず「芸術的なもの」を愛でたり、「有用」なものを慈しむような話がされ続けていて、又聞きなので名前は伏せるし、もう今作となんの関係もない話だが、とある年配の女性ダンサーが、「制作者は鬱になってからが一人前」などという、古臭い就労精神を前提にした身勝手な事を言っていたという噂も聞くので、やっぱり、《美学》だけではない、《経済学》の視点について、ごく普通に話し合われなければならないのだと思うのである。なんだか最後に、作品とはほぼ無関係の話をしてしまった気もする。

 

 

 

 上演後しばらくして、放送大学の映像を見ていたら、クローデルについて渡邊氏が、「クローデルは現場的な人だったから、使えると思ったら何でも作品に取り込んでしまう」と発言していた。しかし、それを聞きながら、それって、渡邊先生のことではないか? と思ってしまった。

 

(2018年6月10日、静岡芸術劇場で観劇)

 

 

 

【作品クレジット】

 

『繻子の靴』 四日間のスペイン芝居

日時:6月9日・10日 場所:静岡芸術劇場

 

作: ポール・クローデル『繻子の靴』(岩波文庫

翻訳・構成・演出: 渡邊守章

 

出演: 剣幸、吉見一豊、石井英明、阿部一徳(SPAC)、小田豊、豊富満、瑞木健太郎、牧山祐大(SPAC)、吉植荘一郎(SPAC)、若宮羊市(SPAC)、片山将磨、山本善之、武田暁、岩澤侑生子、岩﨑小枝子、鶴坂奈央、川谷亜縫紗、藤田六郎兵衛(能管)、野村萬斎(映像出演)

映像・美術:高谷史郎 照明:服部基 音楽:原摩利彦 衣装:萩野緑 演出助手:鹿島将介、岩﨑小枝子 映像プログラミング:濱哲史、白木良、古舘健 技術監督:小坂部恵次 舞台監督:夏目雅也、大鹿展明 小道具・演出部:相澤伶美 制作(京都):川原美保(京都造形芸術大学舞台芸術研究センター)、堂岡佐和子 初演: 2016年12月 京都芸術劇場 春秋座